女性の元気は口元から

-Dr.志村対談集-
女性歯科医師である 志村先生による、 女性向けの歯科の話をご紹介していきます。
女性に対するむし歯や歯周病の治療の話を対話形式で書いてあります。
思春期・女性ホルモンについて・妊娠・出産・骨粗しょう症・更年期・ドライマウス・老年期など女性特有の話題とはとの関係が満載です。
思春期から成熟期を経て更年期へ
女性のからだは年齢にしたがって変化していきます。
その変化のかじ取りをしているのが女性ホルモン
ところで、このホルモンが女性の口の健康と
深い関わりがあることをご存知ですか?
それぞれのホルモンステージごとに
起こりがちなトラブルとその原因を知って
予防と、いきいきした毎日に役立ててください

Dr.志村(NTT東日本関東病院歯科口腔外科)

(Dr.志村対談集)

-なぜ女性外来?-

━志村先生は、勤務医として歯科口腔外科で「ドライマウス外来」を、そしてご自分の歯科医院で「ドライマウス女性専用外来」を開設なさっておられるんですね。
志村
はい。ドライマウス外来は2000年に、ドライマウス女性専門外来は2003年にはじめました。
━ 歯科のジェンダー医療として、先生の医療活動が健康雑誌や週刊誌にもとりあげられて話題になっています。「ジェンダー医療」は、内科やがん治療などでしばらく前から盛んで「女性外来」が好評だと聞いていますが、歯科医療でも「女性外来」が誕生してきているとは、最初は意外な感じがしたんです。
志村
そうかもしれませんね。ところが、口のトラブルには、女性ならではの症状と原因があるんですよ。このことがまだ広く知られていないのが残念です。

-ホルモンで変化する女性の一生-

志村
私は、医師や看護師、管理栄養士などで組織する「性と健康を考える女性専門家の会」に歯科医師として参加させていただいています。女性のための医療の推進を目指す会なのですが、ここで学んだこと、そして啓発活動を通じて考えたことが、歯科の「女性外来」を通じて病気や、そしてからだ全体を診ていこうという思いへとつながっているんです。
━そうなんですか。
志村
成長し、成熟し出産期をむかえ、その後更年期を過ぎて高齢期へと続く女性の一生には、さまざまなホルモンステージごとに特徴的に、口のトラブルが起こりやすいことがわかってきています。その多くは女性ホルモンの影響によるものなんです。
それで、歯科医療でも、遅ればせながらジェンダー医療がはじまっているんです。

-迷信に惑わされないで-

━男性と女性では、そんなに口のトラブルに違いがあるんですか。
志村
はっきりとあります。
「ホルモンによって、女性の一生は変わっていく」といい切れるほど、女性のからだは女性ホルモンの影響を受けています。
女性は、女性ホルモンの分泌が増える思春期ごろから、体型が急速に変わっていきますよね。初潮から、10歳代、20歳代と成熟期をむかえます。このように、女性のからだは男性とはまったく違った成熟を示すわけです。
女性に特有の口のトラブルというと、たとえば「女性は出産すると歯が弱くなる」と聞いたことがありませんか?こうしたことはたしかに昔からいわれてきたのですが、「赤ちゃんがカルシウムをたくさん使うから仕方ないんだ」、という迷信を信じて、あきらめてきてしまったように思います。
━たしかに、出産後に歯の悩みを抱えるようになったという話はよく聞きますね。

-口の健康をどう守る?-

志村
ホルモンステージの変化は、女性の「からだの変化と健康の節目」でもあるわけです。ですからホルモンステージの視点から歯科的にアプローチするのことは、口の健康を、「全身の健康を支える重要な機能」としてとらえて治療を行っていくうえで、とても大切なことなんです。
ホルモンステージごとに、どんなトラブルに気をつけたらよいのか、予防のためにどんなことをすると効果的か、いざトラブルが起こってしまったときに考えられる原因は?、などの情報も患者さんに届けることができますからね。
女性のホルモンステージの分類
思春期(6歳~18歳くらい)
成熟期(18歳~40歳代半ば)
更年期(40歳代半ば~50歳代半ば/個人差あり)
老年期(65歳以上)

-女性ホルモンと歯周病-

━それはこころ強いですね。でも、なぜ女性ホルモンが女性の歯と口に深く関係するんでしょうか。
志村
女性ホルモンには、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)の2種類があります。こうしたホルモンは、月経、妊娠などに作用するほか、自律神経、感情の働き、皮膚、骨、筋肉など全身に影響を与えます。それと同じように、口にも影響を与えるわけです。女性ホルモンのプロゲステロンは、歯肉の血管に働きかけて、歯肉溝(歯と歯ぐきのあいだにある溝でプラークがたまりやすく歯周病の原因になりやすいからの浸出液の分泌を増やします。そして、毛細血管の内皮細胞を変化させて、炎症反応も増やします。つまり、少しのプラークでも炎症が起こりやすくなるので、歯周病になりやすいわけです。
━それでは、女性ホルモンがたくさん分泌されているときには、歯周病になりやすいということですか
志村
そうなんです。そのため、女性ホルモンの分泌が急速に増える思春期や妊娠期に歯ぐきがひどく脹れやすくなります
━そういえば、中学生のころに歯ぐきが脹れた記憶があります。
志村
思春期の女の子特有の歯肉炎だったかもしれませんね。それではまず、思春期に起こりやすいトラブルからご説明しましょうか

-思春期にご注意!-

志村
エストロゲンとプロゲステロンという、先ほどお話した女性ホルモンの分泌が活発になります。プロゲステロンの量が増えると先ほどお話したように、歯ぐきが過敏になり、すこしのプラークでもひどく炎症を起こして、赤く腫れたり出血したりするんです。
━不思議ですね。
志村
歯周病菌のひとつであるプレボテラ・インテルメディア菌は、女性ホルモンを栄養としています。それで、女性ホルモンが増えると、細菌の数も増えるわけです。
━女性ホルモンの多いところに寄ってくるんですね。
志村
そうです。ですからこの時期は、とくにブラッシングをていねいにすることをおすすめします。そして、歯科医院で定期的に歯石をとるなど、プラークコントロールを効果的に行うことが大切です。
━わかりました。
志村
それから、思春期にかぎらず、月経が近づくと、周期的に起こるホルモン量の変化で歯ぐきが腫れたり、口内炎ができるなどのトラブルが起こりやすくなります。こうしたトラブルは、月経がはじまると自然になくなることが多いです。
━口内炎がいつできるか、 日ごろ気をつけていると女性ホルモンの影響を実感できるかもしれませんね。

-妊婦さんは?-

━ところで、成熟期の女性の大きな節目というと、妊娠・出産がありますね。この時期にはどんなトラブルが起こりやすいですか?
志村
妊娠期は、女性ホルモンの分泌がかなり増えます。妊婦さんのお肌はスベスベして、とてもきれいですよね。これは女性ホルモンがさかんに分泌されているからです。
━こういうよいこともあるかわりに・・・。
志村
そうなんです。口の健康にとっては、気をつけなければならない重要な時期です。
妊娠12週~13週には、エストロゲンとプロゲステロンの濃度が上昇するんですが、このとき、妊娠初期に比べて、歯周病菌であるプレボテラ・インテルメディアという菌が、5倍にも増加します。
━そんなに増えますか。
志村
ええ。ですから、妊娠気には歯肉が炎症を起こす「歯肉炎」、それから歯肉炎がもっと進行してしまった「歯周炎」になりやすくなります。

-歯周病菌は女性ホルモンが大好き-

志村
ただでさえ、妊娠期は、つわりがあったりしてプラークコントロールがついおろそかになりがちです。それで、歯周病には、むし歯にもなりやすい面があります。そのうえ、口のなかの歯周病菌が5倍にもなってしまう。
しかも妊娠中の歯科受診については、不安感が大きいでしょう。かかりつけ歯科医がないと、妊婦さんは、つい受診せずに過ごしてしまいがちです。無理もないのですが、これはとても残念です。
━それで、出産したころから歯が弱くなったと嘆く方が多いんですね。
志村
そうなんです。受診時期を逃して重症になってしまう方もなかにはおられますからね。とはいえ、日ごろから口のなかを清潔に保ち、妊娠前に治療をすませておけば、防ぐことは十分できます。
それから、歯周病の妊婦さんの場合、早産・低体重児出産のリスクが7.5倍にもなるという報告もあります。
━それはこわいですね。日ごろから努力してプラークコントロールに励むことが大事だという訳がよくわかりました。
-妊娠中に歯が痛くなったら?-
━とはいえ、現実には、妊娠中に口のトラブルに悩まされる方もいると思うんです。そうした場合、妊娠していると、治療をすることでお腹の赤ちゃんに影響が出ないかと心配です。
志村
でも、歯が痛んだり、歯肉が腫れているのを我慢しなくてはならなかったら、つらくて、食事もままならないですよね。食事は、赤ちゃんにとっても、母体にとっても、とても大切です。
治療する時期やおもな検査、薬について、患者さんからよくあるご質問への一般的な答えをお教えしましょう。もちろん妊婦さんの体調などを考慮しなければなりませんから、詳しくは、治療する歯科医院に妊娠していることを伝えて、ご相談いただきたいと思います。

-妊婦さんの口腔のトラブルの訴え-

50.0% 歯が痛い
31.9% 歯ぐきから出血する
18.9% 口腔に不快感を感じる
13.9% 口臭が気になる
13.0% 歯ぐきが痛い
12.6% 訴えはない
9.2% その他
6.3% 口の中が乾きやすい
3.8% 歯ぐきの色が悪い
2.9% 歯茎がやせてきた
1.3% 歯が動く
7.6% 無回答
2004年女性の健康と歯周病フォーラム調べ(全国の産婦人科238件を調査)

-妊婦さんは歯の治療をしても大丈夫?-

<治療に適した時期について>
① 妊娠4ヶ月くらいまで
このころはつわりがあったり、精神的にも不安定なことがあります。また胎児もまだ安定しないので流産しやすい時期です。治療は応急処置にとどめましょう。
② 4ヶ月半~7ヵ月半
胎盤が完成して胎児も安定してきます。抜歯はふつうの場合可能ですが、なんといっても妊婦さんは疲れやすいので、長時間の処置は避けたほうがよいでしょう。
③ 8ヶ月以降
出産間近のこの時期は、ちょっとした刺激で子宮が収縮を起こし早産につながる可能性もあります。応急処置が望ましいでしょう。
<X線について>
歯科検査に用いられるX線の放射量はごくわずかなので、基本的にプロテクターをきちんとつければ問題ないとされています。撮影する側の注意としては、撮影の主軸が子宮方向に来る場合は、とくにプロテクトに気をつけることが必要になります。
<局所麻酔薬について>
歯科外来で使われる局所麻酔薬は、大量に使用されることがないので大きな影響は与えないといわれています。ただ、注射の刺激が流産を招くことがあると考えると、まだ安定期に入らない妊娠3ヶ月までは避けたほうがよいでしょう。また臨月に近い8ヶ月以降も避けたほうがよいとされています。
<薬剤について>
妊婦に対する安全性が完全に確立されている薬剤は、現状では残念ながら存在しません。そのなかでは、抗生物質のペニシリン系、セファロスポリン系は害が少ないといわれています。ただし、妊娠中毒症を起こさないよう、妊婦さんの腎機能など十分な注意が必要です。

-妊娠・出産で歯は弱くならない-

━通常の場合、むし歯治療もできるんですね。安心しました。
志村
できますよ。むし歯が痛いままだったり、歯ぐきが腫れて痛んだりでは、思うように食事もできなくなってしまいます。そのことも大きな問題です。赤ちゃんの成長のためにも、母体の健康のためにも、食事はとても大切です。妊娠期を順調に楽しく過ごすためには、歯石の除去やむし歯治療は必要なのです。
とはいえ、よほどの症例がない限り、極力X線検査や投薬は避けたいですから、応急処置を受け、出産後なるべく早く、再度受診なさるのが望ましいです。
また、女性のからだにとって、とても大切な節目をむかえているわけですから、とくに注意をしてプラークコントロールをしていただきたいです。妊娠期の歯質がとくにむし歯になりやすくなっている、なんてことは決してないんですから。

-プラークコントロールを!-

━いまにして、「知っていればなあ」と残念です。
志村
妊娠・出産以降のお口の環境の悪化は、これまでは妊婦さんのブラッシング不足や、妊娠すると歯が弱くなるんだから仕方がないといわれてきました。でもこれからは、「ホルモンステージの変化による影響を受けやすい時期だからだ」、とまずは知っていただきたいと思っています。
でも、現状では、母親学級などで口腔ケアについての指導が行われることは、まだまだ少ないんです。これはとても残念なことだと思っています。産婦人科での定期健診などでも、この時期の女性ホルモンと歯周病の関連について伝えていただけるとよいのですが。歯科医療関連の指導があまり行われていないのが現状なんです。産婦人科との連携を強めて、口腔ケア指導を広めていかなくてはなりませんね。
━そうですね。生まれてくる赤ちゃんのむし歯予防にとっても、親自身が口を清潔にして、むし歯菌を赤ちゃんにできるだけうつさないようにすることが大切だそうですし。
志村
むし歯菌であるミュータンス菌は、生まれたての赤ちゃんの口のなかにはまったくいませんからね。家族など、周囲の大人からうつってはじめて赤ちゃんのむし歯ははじまるんです。プラークコントロールは、自分のためだけでなく、家族のためでもありますね。

-更年期以降は?-

━更年期以降は、逆に女性ホルモンが少なくなってくるわけですね。そうしたときには、どんなことに気をつけたらよいのでしょう。
志村
今度は女性ホルモンが急激に減ることによって起こってくる問題もあるわけです。
個人差はありますが、40歳を過ぎたころから月経が乱れはじめ、エストロゲンが減ってきます。エストロゲンは、骨量と骨密度を保つのに重要な役割を果たしています。そのエストロゲンが減ってくると、骨がスカスカになる骨粗しょう症が起きやすくなります。
骨粗しょう症は、歯周病とも深い関係があります。歯は、歯槽骨という骨を土台にして本来がっちりと支えられているのですが、その歯槽骨は、歯周病がひどくなると、少しずつ溶けてなくなっていってしまいます。

-歯周病と骨粗しょう症-

志村
まして、骨粗しょう症で骨密度が低くなっていると、歯周病はますます進行しやすくなります。ブラッシングをていねいにして歯周病を防ぎ、大豆などエストロゲンを多く含む食品を摂って、減ってしまったホルモンを補うとよいでしょう。ただし、薬剤による過剰な摂取には注意が必要です。そのほか、骨を強くするカルシウム、たんぱく質、ビタミンやマグネシウムなどを多く含む食品を摂ることをおすすめします。
━更年期には、歯周病が進みやすいので注意が必要ということですね。
志村
はい。それから、男性でも女性でも加齢とともに唾液の分泌量が減ってきます。それは口の周りの筋肉が衰えることで噛む力が弱くなり、噛む回数が減ると唾液の分泌量が減るということも関係します。また、加齢とともに唾液の分泌能力も落ちます。
とくに女性は、更年期以降、女性ホルモンの分泌量が減ることで、口のなかが乾くのです。

-ドライマウスと女性-

━女性ホルモンは、唾液とも関係があるんですか。
志村
女性ホルモンには、からだの皮膚粘膜を保護し、うるおいを保つ働きがあります。そして、ホルモンバランスの乱れから、唾液の分泌量が減ることもあります。そのため、ドライマウスは、更年期以降の女性に多くなってくるのです。私が勤務しているNTT東日本関東病院のドライマウス外来においでになる患者さんの9割が50歳以上の女性です。
━圧倒的に多いですね。
志村
そうなんです。口が乾くと口のなかが粘るような不快感がありますが、これが慢性的になると舌の表面がひび割れたり、舌や口のなかが痛んだりします。また、食べ物が飲み込みにくくなったり、舌の痛みで熟睡できないとか、しゃべりづらかったりというような支障がでてくるわけです。
さらに、唾液には、抗菌作用や自浄作用のほか、歯の再石灰化を助けるなど、口と歯の健康を守る大切な役割がありますから、唾液が減ると、口臭が強くなったり、むし歯や口内炎になりやすくなります。

-しょうゆがしみて痛い-

━ドライマウスの影響って大きいんですね。
志村
とても大きいですね。会話がきちんとできなくなったり、おしょうゆがしみて刺身が食べられなくなったり、おかゆしか食べられないなど、ドライマウスの症状は日常生活への支障も大きいです。
ところが、日本では病気としての認知が遅れていて、「年だから」「更年期だから仕方ない」と、適切な処置がされることがほとんどありませんでした。それで、ドライマウスの症状がありながら、我慢しておいでの方も多いのが現状です。
最近では、歯科口腔外科にドライマウス外来を開設する医療機関が増えています。ぜひ我慢しないで、専門外来を受診してください。
━隠れているけれど、患者さんは意外に多いということですか?
志村
そうです。人知れず悩んでいる方は多いはずなんです。目が乾くドライアイと同じように、日本国内で800万人ほどいるのではないかと試算されています。
━そんなにいるんですか。

-症状の原因は複合的-

志村
ドライマウスの原因には、女性ホルモンの分泌の低下や加齢のほかに、ストレス、服用している薬の副作用、がんの放射線治療などの影響、糖尿病などもあります。
薬の副作用としては、抗うつ剤や精神安定剤、睡眠薬や、高血圧の治療に用いられる降圧剤のなかに唾液の分泌量を少なくする作用のものもあります。ちょうど体調の変化があったり、病気の罹患率が高まる年代で、さまざまな薬を常用する方が増えてくるころですよ。
━たしかにそうですね。
志村
年齢、持病と薬、ストレスなど、さまざまな原因が複合的に関わっているケースが多いです。とはいえ、ほかの病気の治療に飲まなければならない薬を、ドライマウスだからといって突然「飲むのを止めてください」というわけにはいきませんよね。それでは患者さんの悩みはかえって深くなってしまうかもしれません。

-原因を知ってリラックス-

志村
そこで、まずは病気の原因について知っていただき、情報不足で不安になっている気持ちをサポートします。リラックスすると、唾液はでやすくなるんですよ。緊張する場面では、口が乾きやすいでしょう。私の診療室では、まずジャスミンティーをお出しして、飲みながらお話を伺います。
そして、薬の常用を続けながら、唾液を増やす方法を総合的に指導していきます。保湿ジェルや保湿スプレーの使用法について指導し、当座の痛みを減らすことができるだけでも患者さんのストレスは激減します。そして発泡剤が含まれない歯磨き剤を使い、ガムを噛み、体液の循環をよくするために運動をし、唾液腺マッサージを行っているうちに、少しずつ症状が改善していきます。
訳もわからずに苦しんでいたころとは、表情もまったく違って、笑顔も戻ってきます。そうしているうちに、ストレスやうつの症状が軽減されて薬の服用も減る、というケースも少なくないのです。
━症状を理解することがとても大切なんですね。
志村
そうです。女性ホルモンが減ってきまいますし、そのほかにも原因としてこんなことが考えられますよ、という適切な情報が、患者さんには必要なんです。そのことで安心できるんですよ。ですから女性に多い病気について、ぜひ広く知っていただきたいです。
━ほんとうにそうですね。

-シェーングレン症候群?-

志村
ただし、こうした指導で改善しないケースもあります。それはシェーングレン症候群といって、ドライマウスの症状のなかにこの思わぬ病気が隠れている例も少なくないのです。
シェーングレン症候群は、自己免疫疾患で膠原病の一種なんです。日本では患者数は10万人から30万人とも推定されていて、関節リウマチなどと合併していることもあります。自分の涙腺や唾液腺を免疫細胞が異物として認識してしまうので、そこに炎症が起こり、涙や唾液の分泌量が極端に減るため、ドライアイやドライマウスという症状があらわれます。
患者さんの男女比は、1対14と、圧倒的に女性に多いんです。40歳代から60歳代に発症することの多い病気です。口腔検査、病理検査、目の検査、血液検査のうち2つ以上の検査で異常が見つかるとシェーグレン症候群と診断されます。
━どんな治療法があるのですか?
志村
いまのところ、根本的な治療は見つかっていません。対症療法が中心になります。内科では全身の管理を、歯科では塩酸セビメリン水和物を処方してドライマウスの治療をします。眼科でもドライアイの治療をします。こうして各科が連携して治療をすることが必要です。

-ドライマウス治療は専門分野の連携が必要-

━総合的な治療と指導が必要なんですね。
志村
そうです。ドライマウスの治療にあたるなかで、私は他の医療分野とのネットワークに必要性を実感してきました。たとえば、糖尿病の患者さんには、そちらの治療を優先していただかなくてはなりません。歯科医だけでは多くの患者さんを救えないのではないかと考えたからです。複合的には絡まりあう原因の全体像を把握して、理解し、医療的な処置も総合的に行っていくことが大変重要なんです。
そこで昨年、歯科医、内科医、耳鼻科医、産婦人科医、看護師、薬剤師に加えて、咀嚼学の専門家、管理栄養士、料理研究家などが参加するドライマウスネットワークを設立し、代表になりました。

-ドライマウスネットワーク-

━それぞれの専門分野の研究の情報交換ができるんですね。
志村
医学的な情報交換だけでなく、飲み込むことがつらくなっている患者さんには、おいしくて食べやすい料理を薬膳料理の専門家中村きよみさんが考えてくれます。そして、スポーツ科学の鈴木正成先生はドライマウスの改善に役立つ体操を考案してくださる、という具合に、あらゆるアプローチができるわけです。
━しかも、とても楽しそうです。
志村
ええ。ほんとうに楽しいですよ。昨年末には、患者さんに参加していただいて、「ドライマウスネットワーク・ランチセミナー」を開きました。ドライマウスについてのレクチャーを内科医に菅井進先生から、ドライマウスの方のためのおいしいお料理の試食と作り方のレクチャーを中村きよみさんから、そして口腔ケアのコツについては私からお話しました。
━患者さんにとって楽しくておいしくてためになるわけですね。
志村
(笑)、そうですね。患者さんにとっては、同じ悩みを持つ人同士の交流の場にもなるんです。
━励まされるでしょうね。
志村
そういう場所が必要なんですよね。情報不足は患者さんに孤独を作り出してしまうでしょう?日本では、女性に多い病気への理解が遅れていますから、ぜひ広く知っていただきたい。そして、若いころから、更年期を過ぎてから、そうした情報を活かしていきいき過ごす毎日に役立てていただきたいと思います。

-ドライマウスの症状を和らげる-

ドライマウスのつらい症状を和らげる、保湿ジェルの使い方
①指先に少量とり、舌におきます。
②舌で口の中全体にいきわたるようにします。入れ歯をお使いの方は入れ歯の内面に塗ると楽になります。
③夜間はとくに(健康な方でも)唾液の分泌が減ります。寝る前に塗ると効果的です。
「乾いているな」と思ったら随時使用できます。副作用がありませんので安心して使ってください。ドライマウスの症状のつらさは、感想感と舌の痛みです。ジェルなどのケア用品の使用でつらい痛みや不快感を和らげることがストレス緩和にもなります。ぜひ試してください。口の中全体に舌でジェルをいきわたらせることは、唾液腺の機能を高めるための舌のストレッチにもなります。
(Dr.志村対談集より)

バイオフィルムという言葉を聞きました。これはどういうものですか?

Question:
バイオフィルムという言葉を聞きました。これはどういうものですか?
Answer:
物の表面と液体との境にできる微生物の巣で、口のなかで作られる歯垢(プラーク)もその一つです。
口のなかには、硬い物質である歯と唾液という液体があり、その境界部分の歯の表面に歯垢(プラーク)は作られます。まず唾液の中のタンパク質が歯の表面に薄い膜を作り、そこにむし歯菌(ミュータンス菌)がくっつきます。むし歯菌は食べ物の中の砂糖を利用してネバネバした物質(グリコッカス)を作り、自分たちの棲みやすい環境を整えます。そして、そのなかで数をどんどん増やし、やがてむし歯以外の歯周病の原因菌なども共同生活を始めるようになります。これが歯垢で、う蝕と歯周病を引き起こす悪の温床となります。
体のほかの部位では、緑膿菌などによって呼吸器や尿路、カテーテルの挿入などにバイオフィルムが作られる事があります。
バイオフィルムである歯垢のやっかいなところは、グリコカリックスがあるため、殺菌効果のあるうがい薬などが内部に浸透しにくく、中に棲んでいる微生物を死滅させにくい点です。さらに、微生物をやっつける、免疫を担当する細胞たちも、仕事をしたくても、その強固な守りにはばれてしまいます。
では、このバイオフィルムの脅威から歯や歯肉を守るにはどうしたらよいのでしょうか?
答えは簡単です。
歯ブラシを用いたブラッシングで、その構造を徹底的に破壊し、グリコカリックスごと微生物を取り除いてしまうことです。ブラッシングは、棲み家を失う微生物たちにとっては残酷ですが、私たちのからだを確実に守るためには不可欠な習慣なのです。

子どもに口移しで食べ物をあげるとむし歯がうつるって本当ですか?

Question:
子どもに口移しで食べ物をあげるとむし歯がうつるって本当ですか?
Answer
むし歯の原因菌であるミュータンス菌が感染して、むし歯になりやすくします。
口移しで食べ物をあげる場合だけではありません。周りの大人が離乳の子どものスプーンをなめる、自分の箸で食べ物を与える、またキスなどでもミュータンス菌は感染します。とくにむし歯が多い母親の場合には、お子さんにもむし歯が多いケースがよくみられます。ただ、ミュータンス菌が感染したからといって必ずむし歯になるわけではなく、むし歯になりやすくなるだけです。
実は生まれたばかりの赤ちゃんにはミュータンス菌は存在しません。感染は生後1歳7か月から2歳7か月の間をピークに、主に母子感染します。この時期は歯が生えはじめの頃で、免疫が弱いために感染しやすいのです。
しかし、口移しで食べ物を与えてはいけない、キスしてはいけない、と親子のスキンシップを禁止するわけではありません。まずは、母親をはじめ周りの大人がミュータンス菌を減らすことが大切です。具体的には、むし歯をそのままにしておかない、歯みがきで清潔に保つ、おやつなど甘い物をとる量や時間を決める、フッ素で歯を強化してむし歯を予防する、などです。キシリトールのガムやタブレットを1日2~3回とるのも効果的です。キシリトールは砂糖に似た構造をもつ天然の甘味料で、ミュータンス菌があっても酸をつくりにくくして、むし歯を防ぐのです。
同じようにお子さんも、まずは歯が生えはじめたら、歯みがき習慣をつけるとともに、甘い物の摂取量と時間を決める、フッ素塗布をする、キシリトールを摂取するなどで、虫歯にならないようにしましょう。

歯の再石灰化を促進するリカルデントガム

会議中に襲ってきた睡魔。そんなときにガムを噛むと、一時的に眠気が取れる。これは、ガムの咀嚼によって、脳波にリラックスした十分な覚醒を示す、α波が現れることからも確かなことらしい。また、大リーガーの選手たちが試合中にガムを噛むのは、緊張感やストレスを和らげるためだと言われます。よく噛むことは、人間の心と体にさまざまな影響を与えます。
だから、日常的にガムを噛むと効果的だが、そんなときは、ぜひ歯を丈夫で健康にするガムを選んで欲しいものです。例えば、歯のエナメル質からカルシウムが溶け出すことを抑え、再石灰化を促進する成分が入ったガムがいい。カルシウムとリンを供給するCPP-ACP「リカルデント」を配合したガムや、むし歯の細菌を弱めるキシリトール入りのガムもお奨めです。

噛みしめる癖は要注意 -あごを痛める可能性あり-

口を開けるとき、カクンと音がする。あるいは、口が開けにくかったり、耳の前方にある関節が痛むなどの症状がある人は、あごの関節や筋肉に、何らかに問題を抱えている可能性が強い。顎関節や咀嚼筋などに異常をきたす「顎関節症」の疑いが考えられるからです。
「顎関節症」では、あごの関節や筋肉に痛みや違和感を伴うが、その発症は複雑で、いくつもの要因が関わっているとされています。例えば、あごの関節に負担をかけるうつぶせ寝やほお杖、悪い姿勢、片方の歯だけで噛むといった癖や習慣が原因になることもあります。また、急に口を大きく開けたり、顔を打ったりなどが、発症の引き金になることもあります。
なかでも一番悪いのは、口を固く結んで動かさなかったり、歯を習慣的に噛みしめる癖です。あごの関節や筋肉に負担をかけ続けると、筋肉はこわばり、関節もうまく機能しなくなってきます。
顎関節症の予防と治療に詳しい中沢勝宏院長は「パソコンの前で歯を食いしばっている人は、顎関節症予備軍と言ってもいいでしょう」と警告する。「上と下の歯を接触し続ける」だけでも、あごの筋肉には大きな負担がかかるそうなので、注意したい。
さらに、疲労や精神的ストレスも、「顎関節症」に関係するとされています。これら、いくつもの要因が重なり、その人の限界に達したときに、「顎関節症」は発症します。
顎関節症の症状
1.顎に痛みがある
あごを動かしたときに痛むのが特徴。あごの関節、ほおにある咀嚼筋に痛みを感じる。あごを動かしていないときの痛みは少ない。
2.口が大きく開けられない
下あごの動きが制限され、大きく口が開けられなくなる。指を立てに揃えて2本以下しか入らないと要注意。いきなり口が開かなくなる場合と、徐々に開きづらくなる場合とがある。
3.あごを動かすと音がする
口を開けたり、物を噛んだりするとき、「カクン」「ガクガク」「シャリシャリ」「ミシミシ」といった関節の雑音がする。

噛まなくなった現代人に危険信号

-戦前に比べると、咀嚼回数は6割も減少-
「食事の時間を惜しんで、噛む時間が短くてすむ、柔らかいファストフードやジャンクフード(塩分、糖分、脂肪分が多く、栄養価が低いスナック菓子などのこと)のようなものばかり食べている現代日本人の咀嚼回数は、わずか数十年の戦前に比べると、約6割も減っています。
時代によって変わる咀嚼回数(1回の食事)
弥生時代  3990回
鎌倉時代  2654回
江戸時代  1465回
戦前    1420回
現代     620回
また、健康を維持するためには、本来は食事から必要な栄養素を適切に摂取することが大切なのに、安易に健康補助食品や栄養剤などを多用するという傾向もあります。こうしたことで、人間の生存にとって身体的にも精神的にも不可欠な、『咀嚼』という行動が疎かにされ、いろいろな問題が起きてきているのです。
小児や未成年者が、噛む回数が少なく柔らかい、ファストフードやジャンクフードばかり食べていますと、咀嚼筋とそれらが関連する顔やあごの骨の成長発達が遅れ、頭、顔、あご、口、さらに唾液を分泌する唾液腺、特に耳下腺の発達が抑えられ、あごが小さくなります。それに伴って、歯や舌の位置が不正となり、口呼吸となり、虚弱体質をつくることになり、顎関節症や種々の耳鼻咽頭疾患、姿勢障害、睡眠障害などを発症させやすくします。必然的に先ほど述べた咀嚼の効能も阻害されます。また、中高年以上でも咀嚼の効能が阻害され、健康に影響が及ぶことになります。」
小林義典教授はそう警告する。
-よく噛むには〝正しい噛み合わせ〟が条件-
健全な咀嚼は、咀嚼筋やあごの関節、あごの骨、それに歯や歯周組織、舌、唾液腺など、咀嚼系を構成する器官と中枢神経系が健全に働かなくては成り立たない。特に、咀嚼運動には、「噛み合わせ(咬合)」が具体的に関わるので、咬合に問題がある場合には、咀嚼にも影響が出てくる。現代の日本人が噛まなくなったのは、噛み合わせの不具合も影響しているということはないだろうか。
小林義典教授によれば、「噛み合わせが不安定だったり、損なわれている場合には、歯科治療を行い、適正に回復する必要があります」ということだ。悪い噛み合わせをそのままにしておくと、「ものが食べにくい」だけでなく、顎関節症や口腔顔面痛、口腔顔面変形、姿勢障害、全身運動機能低下、聴力障害などを起こしやすくなることもあり、脳内ストレスや睡眠中の歯ぎしりや噛みしめ、睡眠障害を起こす可能性もあるという。
「噛まなくなった現代日本人」は。今一度、「咀嚼」の重要性、「食べる」ことの正しいあり方について考え直す必要があるようだ。なによりも、健康長寿には、「咀嚼」が大切なことを再認識したい。
「噛むこと、そして食べることは、人間が生きていくための基本的な動作です。多くの動物では、噛めなくなることは命が終わることを意味します。家族が食卓を囲んで楽しく食事すること、そして健全な咀嚼は何かまで、『いかに食べるか』を考えることは、今、緊急の課題として、われわれが取り組まなくてはならないことだと思います」

噛むことの効用

-噛むことで心も体もリラックスする-
よく噛むことは、脳の活性化につながるだけではない。咀嚼によって得られる様々な効果が、今、明らかにされつつある。
例えば、咀嚼は心身のリラックス作用を引き出す。美味しいものを食べることで、脳の報酬系(歯が互いに接触したり、食物が歯や歯肉に接触することによる刺激)が刺激され、〝快情動〟が引き起こされる。すると、人を心地よい気分にさせる脳内物質「β―エンドルフィン」の分泌も促されるので、リラックス作用につながる。
実際、健康な人にガムを噛んでもらい、そのときの脳波を調べてみると、リラックスしたときに観察される「α波」が増加し、イライラしたり緊張しているときに出る「β波」の低下が認められる。それは、ガムを噛み終わったあとにも持続するという。
ガムなどを噛む効用には、ストレスを軽減し、緊張を和らげる働きもあるのだ。
-よく噛めば、肥満の防止と健康増進-
〝よく噛む〟ことは、肥満の防止になることが分かっている。よく噛めば、脳の「満腹中枢」が刺激され、脳内ヒスタミン神経系が賦活されるので、食欲が抑制される。同時に内臓脂肪が分解されて、体熱生産や放散が促進される。〝よく噛んで〟食事をすれば、肥満にならないということだ。
また、よく噛めば、口の中の粘膜から栄養素を吸収することも分かっている。さらに、食事をとることで上昇した血糖値を下げて正常化する作用があるので、糖尿病の治療効果を上昇させたり、予防的な効能もある。
その他、〝よく噛む〟ことの効用は、身体の運動機能の上昇、視力低下の予防、免疫力の向上、骨粗鬆症の予防などが報告されている。
特に、よく噛むと盛んに分泌される「唾液」の効用を忘れてはいけないと、小林義典教授は語っています。「唾液の分泌を促進すると、虫歯や歯周病の予防につながり、また、細菌の働きを抑えます。その他、食物中の発がん物質の働きを抑えたり、アレルギーに関わる抗原に加え、活性酸素を消失させます。さらに、ウイルスなどを直接攻撃するNK(ナチュラルキラー)細胞を増加させたり、老化を抑制したり、私たちの体にとって、大変重要な働きをしているのです。十分な唾液の分泌を促すためには、歯ごたえのある食物を一口で30秒、または30回以上よく噛む必要があります」
-よく噛んで唾液を出すことの効用-
味覚を助長
美味しさを味わい、脳を刺激してリラックス効果を生む。
消化・吸収を助長
消化酵素アミラーゼがデンプンを分解して消化を助ける。
成長を助長
唾液由来のホルモンが、上皮細胞の成長や神経細胞の増殖・脳細胞の成長を促す。
むし歯や歯周病予防
原因菌を洗い流すだけでなく、唾液に含まれるスタテリンが歯の再石灰化を促し、また歯を強くする。
口腔粘膜の修復
食べ物で傷ついた口の中の粘膜を修復する。
消火器粘膜の保護
唾液に含まれるムチンが、食べ物をオブラートのように包んで食道や胃の粘膜を保護する。
抗菌作用
抗菌作用のある唾液中のリゾチウムやラクトフェリンなどが細菌の働きを弱める。
食物中の発がん物質の発がん性を抑制
唾液酵素のペルオキシターゼが食物中の発がん物の発がん性を弱める。
活性酵素の消失
唾液中のペルオキシターゼが活性酵素を消す
NK細胞の増加
唾液中のラクトフェリンが免疫細胞のNK活性を増加させる。
老化の抑制
唾液中のEGF(上皮成長因子)やNGF(神経成長因子)などのホルモンが、老化を抑制する。
糖尿病の予防と治療効果の向上
唾液に含まれるIGFという物質がインシュリンと同じような働きをして、糖尿病の予防と治療効果を高める。

よく噛むことと脳のリハビリ効果

-よく噛めないと学習・記憶能力が低下-
噛むことの大切さを教えてくれる面白い実験結果があります。老齢期のマウスの奥歯を削り取り、学習・記憶力を測定したところ健全な歯を持つ老齢マウスに比べて記憶力が5分の1ほどに低下したといいます。
さらに削った歯を治療してよく噛めるようにしたところで学習・記憶能力が日ごとに回復していったというのだ。また、歯を治すことで、記憶力に重要な役割を果たす海馬の神経細胞も8割がた回復した。よく噛むことは脳の活性を向上させることがこの実験からも推察できるという。
人を対象とした疫学調査でも「歯の喪失と認知機能の関連」についてのデータがえられている。大規模な地域高齢者の健診では、認知症の疑いがあるグループほど、現在残っている歯の数が少ない傾向にあった。また、脳のMRI検査では歯が少ないほどに、海馬をふくむ側頭葉内側部や前頭・頭頂連合野領域の灰白質の容積が減少することがわかっている。
ここは記憶や空間認知、計算や思考をつかさどる重要な場所だ。噛むことをこんなにも脳機能に影響を与えている事実に改めて驚かされる。
-よく噛むことで脳が活性化する-
私たちは生活の中で歩くことや呼吸することと同じように、無意識のうちに咀嚼ソシャク)を行っている。しかし、食べ物を噛み砕いて唾液を混ぜて飲み込みやすくするという行為は、下あごの動きや唾液の分泌、舌をうまく使うなど、極めて複雑な運動の組み合わせで行われている。
日本咀嚼学会理事長の小林義典教授は、「咀嚼によって、機械受容性(歯が互いに接触したり、食物が歯や歯肉に接触することによる刺激 )、味、臭、温度などの三叉神経を介した強い感覚入力が脳の広い範囲に及び、脳が活性化されます。」と、咀嚼の果たす役割を次のように説明する。
まず、脳の網様体に入力されると情動や記憶にかかわる覚醒を生み、人間としての行動的な覚醒作用につながる。つまり中高年以上ではよく噛むことで、脳のリハビリテーション効果が期待できる。また高齢者では、寝たきり状態にならない予防効果もあるそうだ。
さらに大脳皮質に入力されると、情動や記憶にかかわることも入力される。たとえば幼稚園児や小学生、大学生に1日に3~4回、各10~15分間、毎日ガムを噛むことを2週間以上やらせると、テストの成績が上がっていくという。幼稚園児や小学生では、十分な咀嚼と知能指数との間に、相関関係が認められている。
脳活性化をあらわす脳血流量の増加は、咀嚼によって確認されています。咀嚼は手や指の運動よりも脳血流を増加させたという研究報告もあり、また、硬い食物のほうが柔らかい食物よりも効果があることがわかっています。つまり、歯ごたえのある食物を食事に取り入れてよくかむことは脳の活性化にきわめて重要であるといえます。
ちなみに姿勢も重要で、寝たままあるいはリクライニング状態では脳の活性化が望めません。少なくとも上半身をまっすぐに姿勢を正して、咀嚼しなければなりません。

日本人のあごは大丈夫か? -日本人の未来の顔に不安-

(コラムより抜粋)
電車のなかで何気なく目にした中刷り広告の写真に、思わず息をのんだ。あるテレビ番組の宣伝ポスターで、いわゆるジャニーズ系のさわやかな青年2人が並んで写っている。その2人の〝あご〟のあまりの細さにびっくりしたのだ。面長な顔のアゴは尖って、まるでアイスクリームコーンのようだ。
昨今の若者の顔が何か頼りなげに見える、と前々から気にはなっていたが、その原因はこの細い尖ったあごにあったのか。がっしりとエラの張った大きな顔よりも、細くて長い〝小顔〟は今時のトレンドだし、見栄えもよいことは認める。しかし、日本人の顔は、このままの〝進化〟で果たしていいのだろうか。
「日本顔学会」というユニークな学会がある。そこに所属する研究者たちの予測によると、遠からず日本人の顔は、「あごが極端に尖った細い二等辺三角形」のようになるという。現代日本人の顔は、1万年以上前から日本列島に住んでいた縄文人と、2000年前に大陸から渡来した弥生人が混ざり合って形成されている。その変化の過程を延長していくと、〝未来の顔〟が出現する。その顔がかなり問題なのだ。
あごが細くなりすぎると、上下32本の歯が生えるスペースが確保できなくなる。そのため、歯並びがデコボコになったり、生えるべき場所に生えず、横に飛び出したりという不都合が起こってくる。また、下あごの骨が伸びすぎると、下の歯が前に出てしまう不正な咬合、いわゆる受け口も起こりやすい。
かくもあごが細くなってきたのは、やはり日常生活で、「ものをきちんと噛む」ということを、疎かにしてきたからだ。あごの骨も、体の他の骨と同様に、鍛えれば頑丈になる。今からでも遅くはない。日本人のあごの将来のためには、子どもたちには干物やたくわんなど硬い食物をバリバリと食べさせて、咀嚼筋を鍛えてあげたい。そうすれば、日本人のあごは少しは守られるだろう。

ハリウッド映画で誘いを断るときの常套句

「ごめんなさい、歯医者の予約があるの」

これはハリウッド映画で、誘いを断るときの常套句としてよく使われています。

ここで言う「予約」とは治療ではなく定期的なケアを受けるための予約だからです。健康保険のないアメリカでは、悪くなってからの通院は大きな出費となります。

アメリカでは歯の健康を維持するために定期的に通院してケアを行うことはスタンダードとなっています。そのため、映画の中でこのような台詞が出てきてもまったく不思議なことではないのです。

なぜ定期的なケアを行うのでしょうか?

それは歯の健康に大きなプラスになるだけではなく、毎日の快適な生活につながるからです。

悪くなるたびに治療する人と、快適を維持するために定期的に通っている人では、長い生涯、生活のクオリティに大きな違いが出てくるでしょう。