-戦前に比べると、咀嚼回数は6割も減少-
「食事の時間を惜しんで、噛む時間が短くてすむ、柔らかいファストフードやジャンクフード(塩分、糖分、脂肪分が多く、栄養価が低いスナック菓子などのこと)のようなものばかり食べている現代日本人の咀嚼回数は、わずか数十年の戦前に比べると、約6割も減っています。
時代によって変わる咀嚼回数(1回の食事)
弥生時代 3990回
鎌倉時代 2654回
江戸時代 1465回
戦前 1420回
現代 620回
また、健康を維持するためには、本来は食事から必要な栄養素を適切に摂取することが大切なのに、安易に健康補助食品や栄養剤などを多用するという傾向もあります。こうしたことで、人間の生存にとって身体的にも精神的にも不可欠な、『咀嚼』という行動が疎かにされ、いろいろな問題が起きてきているのです。
小児や未成年者が、噛む回数が少なく柔らかい、ファストフードやジャンクフードばかり食べていますと、咀嚼筋とそれらが関連する顔やあごの骨の成長発達が遅れ、頭、顔、あご、口、さらに唾液を分泌する唾液腺、特に耳下腺の発達が抑えられ、あごが小さくなります。それに伴って、歯や舌の位置が不正となり、口呼吸となり、虚弱体質をつくることになり、顎関節症や種々の耳鼻咽頭疾患、姿勢障害、睡眠障害などを発症させやすくします。必然的に先ほど述べた咀嚼の効能も阻害されます。また、中高年以上でも咀嚼の効能が阻害され、健康に影響が及ぶことになります。」
小林義典教授はそう警告する。
-よく噛むには〝正しい噛み合わせ〟が条件-
健全な咀嚼は、咀嚼筋やあごの関節、あごの骨、それに歯や歯周組織、舌、唾液腺など、咀嚼系を構成する器官と中枢神経系が健全に働かなくては成り立たない。特に、咀嚼運動には、「噛み合わせ(咬合)」が具体的に関わるので、咬合に問題がある場合には、咀嚼にも影響が出てくる。現代の日本人が噛まなくなったのは、噛み合わせの不具合も影響しているということはないだろうか。
小林義典教授によれば、「噛み合わせが不安定だったり、損なわれている場合には、歯科治療を行い、適正に回復する必要があります」ということだ。悪い噛み合わせをそのままにしておくと、「ものが食べにくい」だけでなく、顎関節症や口腔顔面痛、口腔顔面変形、姿勢障害、全身運動機能低下、聴力障害などを起こしやすくなることもあり、脳内ストレスや睡眠中の歯ぎしりや噛みしめ、睡眠障害を起こす可能性もあるという。
「噛まなくなった現代日本人」は。今一度、「咀嚼」の重要性、「食べる」ことの正しいあり方について考え直す必要があるようだ。なによりも、健康長寿には、「咀嚼」が大切なことを再認識したい。
「噛むこと、そして食べることは、人間が生きていくための基本的な動作です。多くの動物では、噛めなくなることは命が終わることを意味します。家族が食卓を囲んで楽しく食事すること、そして健全な咀嚼は何かまで、『いかに食べるか』を考えることは、今、緊急の課題として、われわれが取り組まなくてはならないことだと思います」